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最高裁判所大法廷 昭和40年(ク)464号 決定

抗告人

丸紅飯田株式会社

代理人

山田利夫

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人山田利夫の抗告理由第一について。

所論は、原決定は憲法二九条一項、二項の解釈、適用を誤まるものであると主張する。

思うに、会社更生法(以下法という。)は、企業を破産により解体清算させることが、ひとり利害関係人の損失となるに止まらず、広く社会的、国民経済的損失をもたらすことがあるのにかんがみ、窮境にはあるが再建の見込のある株式会社について、債権者、株主その他の利害を調整しつつ、その事業の維持更生を図ることを目的とするものである。そして、法は、右の目的を達成するため、更生債権または更生担保権については、更生手続によらなければ弁済等のこれを消滅させる行為をすることができないこと〔昭和四二年法律八八号による改正前の法(以下改正前の法という。)一一二条、一二三条〕、更生計画によつて債務の期限が猶予されるときは、その債務の期限は、担保があるときはその担保物の耐用期間内、担保がないときまたは担保物の耐用期間が判定できないときは二〇年までそれぞれ定めることができること(法二一三条)、更生計画認可の決定があつたときは、計画の定めまたは法の規定によつて認められた権利を除き、更生会社は、すべて更生債権および更生担保権につきその責を免かれ、株主の権利および更生会社の財産の上に存した担保権はすべて消滅し、また、更生債権者、更生担保権者および株主の権利は計画の定めに従い変更されること(改正前の法二四一条、法二四二条)などを、それぞれ定めている。もとより、これらの規定によつて更生債権者、更生担保権者および株主の財産権が制限されることは明らかであるが、右各法条の定める財産権の制限は、前記目的を達成するためには必要にしてやむを得ないものと認められる。しかも、法は、更生手続が裁判所の監督の下に、法定の厳格な手続に従つて行われることを定め、ことに、更生計画は、改正前の法一八九条以下の綿密な規定に従つて関係人集会における審理、議決を経たうえ、さらに裁判所の認可によつて効力を生ずるものとし、その認可に必要な要件を法二三三条以下に詳細に定めるなど、公正かつ衡平に前記目的が達成されるよう周到かつ合理的な諸規定をもうけているのである。したがつて、これらの点を考えると、論旨の指摘する改正前の法一一二条、法二一三条、改正前の法二四一条、法二四二条の各規定は、公共の福祉のため憲法上許された必要かつ合理的な財産権の制限を定めたものと解するのが相当であり、憲法二九条一項、二項に違反するということはできない。

右と同旨の原決定の判断は正当であり、憲法二九条一項、二項の解釈適用についての原決定の判断に所論の違憲ありとは認められず、論旨は採用することができない。

同第二について。

所論は、原決定は憲法二九条二項、三二条の解釈適用を誤まるものであると主張する。

そこで、会社更生法の規定をみると、更生債権者が更生手続に参加するためには、裁判所の定めた期間内に所定の届出をすることを要し(改正前の法一二五条)、届出をしても、その権利について異議があると、その異議者に対し訴をもつて権利確定の手続をすることを要し(改正前の法一四七条)、これらいずれの手続を怠つても更生手続に参加する資格を失い、裁判所の更生計画認可の決定があると、更生債権は、更生計画の定めによつて認められた範囲内においてのみ存在し、その余は失権することとなり(法二一三条、改正前の法二四一条、法二四二条、二四三条)、届出をしなかつた更生債権者は、更生計画認否の決定に対し不服の申立をすることができない(改正前の法二三七条)旨をそれぞれ定めている。

そして、会社更生法の右各規定によつて更生債権者の財産権が制限されることは明らかであるが、前記抗告理由第一に対する判断で説示したところと同様の理由により、右各規定は、公共の福祉のため憲法上許された必要かつ合理的な制限を定めたものと解するのが相当であり、憲法二九条二項に違反するものということはできない。

原決定に所論の違憲ありとは認められず、論旨は採用することができない。

次に、憲法三二条にいう裁判とは、同法八二条にいう裁判と同様に、現行法が裁判所の権限に属せしめている一切の事件につき、裁判所が裁判の形式をもつてするすべての判断作用ないし法律行為を意味するものではなく、そのうち固有の司法権の作用に属するもの、すなわち、裁判所が当事者の意思いかんにかかわらず終局的に事実を確定し当事者の主張する権利義務の存否を確定することを目的とする純然たる訴訟事件についての裁判のみをさすものと解すべきであつて(昭和二六年(ク)第一〇九号・同三五年七月六日大法廷決定・民集一四巻九号一六五七頁、昭和三六年(ク)第四一九号・同四〇年六月三〇日大法廷決定・民集一九巻四号第一〇八九頁、昭和三七年(ク)二四三号・同四〇年六月三〇日大法廷決定・民集一九巻四号一一一四頁、昭和三九年(ク)第一一四号・同四一年三月二日大法廷決定・民集二〇巻三号三六〇頁、昭和四一年(ク)第四〇二号・同四五年六月二四日大法廷決定・裁判所時報五四八号九五頁等参照)、憲法三二条は、かかる裁判の請求権を保障しているものにほかならず、その本質において固有の司法権の作用に属しない非訟事件は、憲法三二条の定める事項ではなく、したがつて、非訟事件の手続および裁判に関する法律の規定について、憲法三二条違反の問題は生じないものと解すべきである。

ところで会社更生手続の眼目であり、会社更生の基準となる更生計画は、関係人集会においてその案が審理可決された上、裁判所の認可をもつてはじめて有効に成立するのであるが(法二三二条以下)、裁判所のなす右更生計画認否の裁判は、国家のいわゆる後見的民事監督の作用に属し、固有の司法権の作用に属しないことが明らかであつて、その本質は非訟事件の裁判であり、それに対する不服の申立もまた純然たる訴訟事件ではないと解すべきであり(昭和三七年(ク)第六四号・同四一年一二月二七日大法廷決定・民集二〇巻一〇号二二七九頁参照)、また、前説示の改正前の法二四一条、法二四二条、二四三条による更生債権失権の効果は、有効に成立した更生計画を要件として法律により定められた私権の変更の効果にほかならない。以上の次第で、右失権の定めおよび前説示の更生計画認否の決定に不服の申立ができない(改正前の法二三七条)旨の定めは、非訟事件に関する定めであり、憲法三二条が保障する裁判請求権の制限ないし剥奪と解すべきものではなく、したがつて、同条に違反するものということはできない。

なお、更生手続中、所論の更生債権確定の訴は、純然たる訴訟事件と解すべきであるが、この訴の前提となる更生債権届出期間の定めおよびこの訴についての出訴期間の定めは、会社更生法の目的に照らし必要かつ合理的なものであり、実質上裁判の拒否と認められるような不合理な点は認められないから、憲法三二条に違反するものではない(昭和二三年(オ)第一三七号・同二四年五月一八日大法廷判決・民集三巻六号一九九頁参照)。

以上と結論を同じくする原決定の判断は正当であり、原決定に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。

なお、抗告理由中の法二三四条についての主張は、論旨が不明というべく、特別抗告適法の理由に当らない。

同第三について。

所論は、改正前の法二四四条を適用した更生計画認可の決定を是認する原決定は、憲法一四条に違反すると主張する。

そこで、考えてみると、憲法一四条一項は、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止している趣旨と解すべきであるから、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱をすることが何ら右法条の否定するところでないことは、当裁判所の判例とするところである(昭和三七年(オ)第一四七二号・同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁参照)。

ところで、改正前の法二四一条、法二四二条、二四三条によれば、更生計画の定めによつて更生債権者または更生担保権者に対し権利が認められた場合には、その権利は、確定した更生債権者または更生担保権を有する者に対してのみ認められることとし、改正前の法一二五条、一二六条所定の届出や、改正前の法一四七条以下に定める権利確定の手続を怠つた更生債権者または更生担保権者は何らの権利も認められず失権することとしている。他方、改正前の法二四四条によれば、更生計画の定めによつて株主に対し権利が認められた場合には、その権利は、株式の届出をしなかつた者に対しても、認められるものとしている。かように株主を更生債権者または更生担保権者に対し別異の取扱をしているのは、更生債権者または更生担保権者の各権利と株主の権利とはそれぞれその性質を異にし、かつ、株式の数および内容は、会社の知悉するところであり、また、その帰属は、株主名簿等により明らかであるからである。したがつて、右取扱の差異は、事柄の性質に即応した合理的な差別というべきであつて、改正前の法二四四条の規定を適用した更生計画認可の決定を是認する原決定が憲法一四条一項に違反するものということはできない。

原決定に所論の違憲はなく、論旨は、採用することができない。

よつて、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人の負担すべきものとし、裁判官全員の一致で、主文のとおり決定する。

(石田和外 入江俊郎 長部謹吾 城戸芳彦 田中二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美 村上朝一 関根小郷 藤林益三)

抗告代理人の抗告理由

第一、原決定は憲法第二九条第一項、第二項の解釈、適用を誤るものである。

原決定は松江地方裁判所が同庁昭和三九年(ミ)第一号会社更生事件につき、昭和四〇年三月三一日認可した「更生計画第二章第一節第三項」において、一般債権及び日本開発銀行、中小企業金融公庫更生債権につき、免除率を五〇%と定めているのに、抗告人の更生債権の免除率を86.7%と定め、会社更生法第二四一条、第二四二条適用の結果、抗告人の右更生債権が、その86.7%を喪失する結果となることに対し、憲法第二九条各項の法意を説示しつゝ、同条に違反しないと判断されるが、抗告人においても憲法第二九条第一項、第二項の抽象的法意が原決定所論のとおりであることには格別の異論はなく、又会社更生法の立法目的が原決定所論の如き所にあることを一般的には承認するものではあるが、しかし、この会社更生法の適用を受け得る資格を有するのは一般私企業の花形たる株式会社であることに先づ着目さるべきである。

成程、現在の経済社会において株式会社の果す社会経済的役割は多大なるものがあり、又それ故に特に株式会社について企業維持、企業の公共性ということが強調されて然るべきではあるけれども、なおその本質は営利を目的とする私法人であつて、国家の特別の企業保護政策に基く株式会社組織の特殊会社(例えば日本航空株式会社、石油資源開発株式会社等)等を除いては、一般国民が憲法第二九条第一項において、制度的に保障された私有財産制から生ずる財産権を同条第二項によつて公共の福祉に適合するように定め得るとはいえ、この場合にあつて「公共の福祉」の内容に如何なる内容、要素をもるかは、私人に財産権の犠牲を忍受させて、なお社会全体の向上発展国民経済の秩序ある進展に益することが、一般に確実視され得る場合でなければ、軽々に「公共の福祉」なる法概念は適用さるべきものでないことは、国民各自が個人として、基本的人権を尊重されることを最大使命とする憲法の理念に徴しても明らかである。

そして、我国では株式会社について最低資本額の定めがないため、極めて小資本の株式会社が濫立されて、会社制度の弊害の一面を露呈しておることも一般に顕著な事実であり、かような事情を捨象して、直ちに私的営利企業を公企業、或は国又は地方公共団体の如き一般的な公益事業目的達成を本来の目的とする団体の右目的達成のための財産権の内容制限と同視して事を論ずるのは早計であり、かような基準に立つて解釈された会社更生法第二四一条、第二四二条を適用し、更生計画に定める範囲内に財産権の内容を定めることを合憲とする原決定には上記の通り憲法違反がある。

同旨のことはまた会社更生法第二一三条にあつてもいい得るのであり、債権が減額されずとも、債務猶予期間の最長年数を二十年と定めておること、更生債権者は更生手続によらなければ、原則として権利の行使ができず、更生計画案で届出た権利を変更され、しかも更生計画の認可があつたときはその計画の定めに従い変更されるのみならず(同法第一一二条、二四一条)届出債権に担保なき場合は前記の如く二十年まで延長されるとあつては、右最長期限まで延長され(支払猶予)たときは元本に対する法定利息年五分と同額を支払えば元本支払の効果を受け得ることゝなり、かくては全く他の企業の一方的犠牲(それはとりもなおさず財産権の侵害である)の上に、一私企業を保護せんとするものであつて、明らかに憲法第二九条第一項、第二項違反であると信ずる。

第二、原決定は憲法第三二条の解釈、適用を誤るものである。

即ち会社更生法第一一三条によれば、更生債権者はその有する更生債権をもつて、更生手続に参加できるが、そのためには裁判所の定める届出期間内に届出を必要とし(一二五条)、もし届出をしなかつたり、たとえ届出をしても債権調査の段階で関係人から異議があり、債権確定手続を一定期間内に図らないと、更生手続参加資格を失うのみでなく、一度関係人集会で多数(法定多数)で更生計画案が可決され、裁判所の認可決定があると、最早更生会社に対する債権は、更生計画に定められた範囲でしか存在せず、更生計画認否の決定に対しても届出をしなかつた債権者が不服を申立てる途は閉ざされており、届出たが異議を受け、その確定手続をとらなかつた者もその限りでは同様に取扱われるが、憲法三二条は何人も裁判所において裁判を受ける権利を保障しておるのであつて、同条が自己の意思に反してその権利を奪われないことを保障する以上、民事々件にあつては、自ら裁判所え提訴する権利を有するのであつて、かゝる保障は各人において一般的、抽象的には放棄し得ない性質のものであり、更生債権者が所定期間内に届出を強制され、届出た上、更生手続に参加してかつ債権確定手続を図らない限り、更生計画認可と同時に当然に失権し、もはや裁判上の権利保護の途を閉ざされ、この結果抗告人が異議を受けた限度で債権を失つた点に着目すれば第一点に掲げた憲法二九条二項違反があり、権利行使方法を制限乃至剥奪された点についていえば前記憲法三二条に違反するものである。

同旨のことはまた会社更生法第二三四条における不同意者の取扱、計画認可についてもいえるのである。

第三、原決定は憲法第一四条違反の事由がある。

第二において詳説したとおり、会社更生法は更生手続に参加しない債権者、担保権者はその権利を計画認可により失権するという立前を採りながら、他方同法第二四四条によれば更生手続に参加しない株主でも更生計画の定めによつて届出株主に認められたと同一内容の権利を認めており、株主と、債権者、担保権者といういわば更生会社に対しては「権利者」たる地位において区別なき筈の両者がかくも明瞭に対立的取扱を受けておるのは憲法第一四条違反の法条であり、右法条の適用を為した本更生計画認可を是認する原決定は違憲である。           以上

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